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学校集会(assembly)を見に行く
2008-06-28 Sat 00:54
今日は、金曜日 

朝 息子の学校集会を見学にいった。毎週金曜日は保護者が、来て見学できるのだ

もちろん、写真は撮れなかったが・・どんな感じかというと・・
この下のHPの写真のようだ・・・(これは、イギリスの学校ではないけれど・・

http://images.google.com/imgres?imgurl=http://www.hdsb.ca/images/ForestTrailAssembly.JPG&imgrefurl=http://www.hdsb.ca/main.aspx%3FsMenuKey%3D1169%26sMenuID%3D1169%26sParentID%3D106%26sPageID%3D516&h=511&w=681&sz=87&hl=ja&start=4&um=1&tbnid=ZJuPEH7qKpC-8M:&tbnh=104&tbnw=139&prev=/images%3Fq%3Dassembly%2Bschool%26um%3D1%26hl%3Dja%26lr%3D%26client%3Dfirefox-a%26channel%3Ds%26rls%3Dorg.mozilla:ja:official%26sa%3DG

こんな風に、座って学校集会をする

今日は、たくさんの表彰が行われていた。がんばった子供を称えて、その子供たちに、バッチや
表彰状を、校長先生が自ら贈る
校長先生も非常に話がうまいと思った

息子の学校は、登校と下校のとき、校長先生が校庭の門のところにいて
生徒を向かえ、見送る・・
そして、そのとき保護者と立ち話をしたりして交流をはかっている


非常にポジティブである。イギリスの学校はみんなこんな感じだ

日本の学校集会は、きちんと列にならび、立ったまま先生の話を聞くのが
多いのではないか?(私の時はそうだった・・・)

こんな・・・違いもあるなぁと思いながら、見ていた。

イギリスの学校も昔は、もっと厳しかった。
そんなイメージがある・・・・


教育とはなんだろう・・・・・・?そんなことを考えていたら・・・思い出した


イギリスに世界で一番自由な学校がある。
サマーヒルスクールという学校だ



実は、うちの息子のミドル・ネームは、ここの学校の創立者Alexander Sutherland Neill の名前からとったものだ。

asneill_02.jpg


A・S・ニイル(A.S.Neill、1883年10月17日 - 1973年9月23日)は、
イギリスの新教育運動の教育家。
エディンバラ大学に学び、1912年、修士号を取得。

1914年、スコットランドのグレトナ・グリーンスクールの校長になる。
ドイツの改革教育運動の影響を強く受け、1921年 ドイツ ドレスデン郊外のヘレナウで
新しい学校を創立。この学校はのちに彼の妻になるノイシュタッターと共にオーストリアに移り、
その後、1923年 南イングランドのライム・レギスに移り、そこで本格的に教育活動が始まる。
サマーヒル・スクールという名でこの学校は、「世界で一番自由な学校」として知られている


neill.jpg


息子の父親は、この学校と創立者のファンだった
教育はこうあるべきと思っていた

このニールの著書を見ていると、どんな親が子供をだめにするか書いてある

さて・・・サマーヒルはどんな教育を行っているのだろうか・・
すごく自由すぎて、驚く人も多い

サマーヒルスクールのHPはここをクリック

http://www.summerhillschool.co.uk/

サマーヒル・スクール (Summerhill school) は、1921年ドイツのドレスデン近郊のヘルナウでA・S・
ニールにより創立された学校である。翌年、学校はイギリスに移された。
現在では、イングランドのサフォーク州のレイストンに居を移し寄宿学校、及び全日制の学校として
初等中等教育を民主的なスタイルで提供している。
運営者は、ニールの娘、ゾーイ・レッドヘッドである。

SummerhillSchool.jpg


サマーヒルは、子どもたちは強制よりも自由を与えることで最もよく学ぶという哲学により、
大きな影響を世界の進歩主義の教育に影響を与えた学校として知られている。

すべての授業が選択で、生徒たちは自分たちの時間で何をするのも本人の自由に任されている。

ニールは、「子どもの役目は彼自身の人生を生きることであり、
心配性な親が、彼はこんなふうに生きるべきと考えた人生を生きることでもなければ、
自分が一番よくものを知っていると思い込んでいる教育者の目的にかなった
人生を生きることでもない」という信念のもとにこの学校を創設した。
ここから、「世界で一番自由な学校」と呼ばれたり、反権威主義教育の代表とも言われたりする。
禁じられているのは、寮での男女の同棲、喫煙である。

生徒は自分の時間を有意義に計画的に使うことに加えて、少なくとも学校の自治のための集会に
参加しなくてはならない。
全校集会は、週に4回開催され、日々の生活についてのさまざまな決定事項や
学校の規則を議論したり、新しい決まりを作ったりする議論に教員同様の一票の
投票権をもって参加する。

shb.jpg


サマーヒルを運営している原則は、民主主義と社会的平等という大原則である。
こうした教育姿勢から、サマーヒルの教育レベルは低いとか、ここの生徒は充分な
教育を受けていないなどの批判が学校の創設から絶えなかった。
しかし、ニール存命の頃の卒業生は、大学にも進学し、大学教師、数学の教師など
知的専門職に就いた卒業生も少なくない。
また小規模の商店など自営業、自由業や、農業従事者になった子もいる。
ただ、公務員、会社員など組織の中に入って歯車のような仕事に就いたものは多くない。
これは、外部からの批判に答える形でニール自身がその著書の中に書いている。

Ussmm6.jpg


サマーヒルは、その教育方針を巡って、イギリスの政府とあまり良好な関係を維持している
とはいいがたい。郡の中でも最も要注意対象の学校とみなされている。
1990年代には9回も査察を受けている。

1999年3月には、OFSTED(The "OFfice for STandards in EDucation"、教育基準監督局)からの
査察のあと、州の教育雇用局長官のデビッド・ブランケットが、
学校が必修科目とすべき教科を選択科目にとどめ
生徒の自由裁量に委ねているのは規則に反していると非難した。
6ヵ月の間こうした非難に学校は応じず、最後には学校は閉校の危機に追い込まれた。
それでもなおサマーヒルは法廷で争う道を選択し、2000年3月、この事件は珍しい教育裁判として
耳目を集めた。四日間に及ぶ聴聞会の後、政府側に足並みの乱れが生じ、
調停案が合意されるに到った。聴聞会を傍聴した生徒たちは、
その調停案をのむかどうかの学校集会での議論に参加し、全会一致でそれを承認した
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サマーヒルスクールが危機の時、立ち上がって裁判に講義する子供たち・・
その様子を伝えるニュース
↓↓
http://images.google.co.jp/imgres?imgurl=http://news.bbc.co.uk/olmedia/390000/images/_394103_demo300.jpg&imgrefurl=http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/394103.stm&h=180&w=300&sz=16&hl=ja&start=65&um=1&tbnid=xa0U2BEFoEVhNM:&tbnh=70&tbnw=116&prev=/images%3Fq%3DSummerhill%2Bschool%26start%3D60%26ndsp%3D20%26um%3D1%26hl%3Dja%26lr%3Dlang_ja%26client%3Dfirefox-a%26rls%3Dorg.mozilla:ja:official%26sa%3DN

そのときのサマーヒルスクールの様子をBBCがドラマにした。
この学校がどんな学校なのか知ることが出来る

サマーヒル物語 その1



サマーヒル物語 その2



サマーヒル物語 その3



サマーヒル物語 その4



サマーヒル物語 その5



サマーヒル物語 その6



サマーヒル物語 その7



サマーヒル物語 その8



サマーヒル物語 その9



サマーヒル物語 その10



サマーヒル物語 その11


サマーヒル物語 その12




この物語はとても面白かった。

この学校で育った子供はどんな人生を歩むのかとても興味がある。
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